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「小鹿田焼」。
「小鹿田焼」は「おんたやき」と読み、大分県日田市皿山の小鹿田焼の里で江戸時代から続く焼きもののこと。江戸時代中期に筑前の国小石原焼から陶工・柳瀬三右衛門を招いて、地元の大鶴村の黒木家・坂本家の協力で開窯(かいよう)された李朝系登り窯から生まれる、素朴な普段使いの「民陶(みんとう※1)」で、現在も10軒の窯元が伝統を守り続けています。
平成7年(1995年)には国の重要無形文化財保持団体に、さらに昨年、国の重要文化的景観にも指定されました。開窯して約300年。江戸時代からいまに至るまで、全工程を手仕事で、開窯当時の技法そのままに「一子相伝(いっしそうでん※2)」の家業としてその伝統と奥義を受け継ぎ守ってきたという、知る人ぞ知る焼きものが「小鹿田焼」なのです。
「小鹿田焼」は「おんたやき」と読み、大分県日田市皿山の小鹿田焼の里で江戸時代から続く焼きもののこと。江戸時代中期に筑前の国小石原焼から陶工・柳瀬三右衛門を招いて、地元の大鶴村の黒木家・坂本家の協力で開窯(かいよう)された李朝系登り窯から生まれる、素朴な普段使いの「民陶(みんとう※1)」で、現在も10軒の窯元が伝統を守り続けています。
平成7年(1995年)には国の重要無形文化財保持団体に、さらに昨年、国の重要文化的景観にも指定されました。開窯して約300年。江戸時代からいまに至るまで、全工程を手仕事で、開窯当時の技法そのままに「一子相伝(いっしそうでん※2)」の家業としてその伝統と奥義を受け継ぎ守ってきたという、知る人ぞ知る焼きものが「小鹿田焼」なのです。
大分県日田市皿山の風景
民陶祭で売られている小鹿田焼
江戸時代の窯
子供たちの作品
--子供たちは日常の中で技を身につけていくんですね
民芸運動の指導者として知られる柳宗悦(やなぎ むねよし※3)氏。この柳氏も、小鹿田焼の伝統ある技法と素朴であたたかい雰囲気を褒めたたえたひとりでした。
また、世界的にも高名な、英国の陶芸家でありデザイナー・画家のバーナード・リーチ(※4)氏も「小鹿田焼ファン」のひとりだったようです。リーチ氏がこの小鹿田焼の里に逗留したのは昭和29年そして30年で、逗留の最中には小鹿田焼の作陶もしたそうです。
また、世界的にも高名な、英国の陶芸家でありデザイナー・画家のバーナード・リーチ(※4)氏も「小鹿田焼ファン」のひとりだったようです。リーチ氏がこの小鹿田焼の里に逗留したのは昭和29年そして30年で、逗留の最中には小鹿田焼の作陶もしたそうです。
小鹿田焼という焼きものの、特徴的で代表的な技法が「飛び鉋(とびかんな)」「打ち刷毛目(うちはけめ)」。ほかにも「打ち掛け(うちかけ)」「流し掛け(ながしかけ)」「櫛描き(くしかき)」「指描き(ゆびかき)」などがあります。
山の土をつき、こね、ろくろを脚でまわし、ひとつひとつ手で模様をつけていく全工程が「自然」と「ひと」の力によるもの。土は山の土を使い、土をつくのは小鹿田の里を流れる「川」の力を借り、ろくろをまわすのは「人」。ろくろについている紐に足をかけ、それを後ろにクイッと蹴るようにして、ろくろを自在にまわします。
土をつくのも300年間の伝統を守り続けている方法そのまま。里を流れる川の水を筧(かけい)に通して、水の力で唐臼(からうす)を上下させ、山から採ってきた陶土をつくのです。すべては「自然の力」を使っているのですね。
この唐臼が陶土をつく「カタン」というか「コーン」というのか・・・、なんとも言えない音。この景色の中でこの音を聞くと、まるで自分が江戸時代にいるのか、はたまたバーナード・リーチとすれ違うのではないか、というような錯覚に陥ります。この「唐臼の音」も、この里の景観の一部になっているのだなぁ、と思わせます。
山の土をつき、こね、ろくろを脚でまわし、ひとつひとつ手で模様をつけていく全工程が「自然」と「ひと」の力によるもの。土は山の土を使い、土をつくのは小鹿田の里を流れる「川」の力を借り、ろくろをまわすのは「人」。ろくろについている紐に足をかけ、それを後ろにクイッと蹴るようにして、ろくろを自在にまわします。
土をつくのも300年間の伝統を守り続けている方法そのまま。里を流れる川の水を筧(かけい)に通して、水の力で唐臼(からうす)を上下させ、山から採ってきた陶土をつくのです。すべては「自然の力」を使っているのですね。
この唐臼が陶土をつく「カタン」というか「コーン」というのか・・・、なんとも言えない音。この景色の中でこの音を聞くと、まるで自分が江戸時代にいるのか、はたまたバーナード・リーチとすれ違うのではないか、というような錯覚に陥ります。この「唐臼の音」も、この里の景観の一部になっているのだなぁ、と思わせます。
ろくろを脚でまわしているところ。昔のままのやり方です
唐臼 外から見た風景
唐臼
唐臼
小鹿田焼の代表的な模様、飛び鉋(カップ) 打ち刷毛目(皿)
この土から小鹿田焼が生まれます
子供たちは小さい頃から土に親しんで育ちます
小鹿田焼の窯は「登り窯(のぼりがま)」といわれるもの。山の斜面を利用して作られており、一基の窯には幾つかの燃焼室があります。斜面下から順番に薪の火で焼いていきますが、れんが造りの煙突からもうもうと上がる煙、そして燃え盛る窯の火は壮観。窯に火が入るのは約2か月に一度で、窯に火を入れると窯元のみなさんはつきっきりで窯の火の番をします。焼く時間は約60時間。焼いたあとはまる2日間おいて、作品を取り出すということです。
外から見た登り窯
登り窯を正面から見たところ
登り窯、まさに「登って」いますね
毎年10月初めには「民陶祭(みんとうさい)」があり、10軒ある窯元の皆さんの庭先に作品がたくさん並べられます。そしてこの民陶祭では、その伝統の技とかけている手数から考えたら信じられないような「民陶祭価格」の作品の数々を、手にとって、見て、窯元の方から直接買うことができるのです。すべて手作りですから、同じ窯元の方が焼いたものでもひとつひとつが少しずつ違っていて、それぞれが個性的なのもまた味があります。
民陶祭で庭先にならぶ小鹿田焼
山と川と人、自然と人との、永い、そして深いつながりを感じさせる素朴であたたかい焼きもの。粘土を作るところから一切合財、人そして自然の力しか使っていない「小鹿田焼」は、「エコロジーな焼きもの」の横綱格、といえるのかもしれません。
■この記事をまとめるにあたり、大分県日田市皿山の小鹿田焼同業組合の皆さま、大分県日田市観光協会(※5)の皆さまに、多大なるご協力とご指導を賜りました。深く御礼申し上げます。
ひとつひとつが少しずつ違うのも手作りの良さですね
- ※1:民陶(みんとう)
- 庶民の実用品として使われる日用雑器を焼く、その地方の小規模経営の窯で焼かれる素朴で郷土色の強い実用的な民芸陶器。江戸時代の藩・明治以降の官に保護を受けず、一般民衆の生活の中から生まれた。
- ※2:一子相伝(いっしそうでん)
- 学問・技・芸などの奥義、秘法を自分の子供の中の一人にだけに伝えること。
- ※3: 柳宗悦(やなぎ むねよし)
- 1889年〜1961年、思想家、美術評論家。生活に即した民芸品に注目して民芸運動を起こしたことで有名。「用の美」を唱えた。
- ※4:バーナード・リーチ(Bernard Howell Leach)
- 1887年〜1979年、イギリス人の陶芸家、画家、デザイナー。英国人の父と日本人の母の間に生まれ、日本をたびたび訪問し白樺派や民芸運動にも関わった。「陶磁器に重要なのは絵画的な絵柄でも彫刻的な装飾でもなく、日用品としての用を満たす器の形状や触覚だ」と主張した。
- ※5:日田市観光協会オフィシャルホームページ
- http://www.oidehita.com/



